石仏の里「当尾(とうの)」  その2

 藪の中三尊仏

 また、「浄瑠璃寺」の参道の端まで戻って、バス停「浄瑠璃寺前」から「岩船寺」の方へ向かうと、舗装道路が少し下りになって、左へ行く細い道の角に無人スタンドが在る所で、道路の右側のちょっと奥まった薄暗い所をよく見ると、竹や木立が繁った中の巨岩に「藪の中三尊仏」が彫られています。向かって左端に一体だけ、浄瑠璃寺の方を向いて座しておられるのが「阿弥陀如来座像」。そして、道路の方を向いた二体仏は、錫杖を持っておられるのが「地蔵菩薩立像」、その隣の小さな仏が「十一面観世音菩薩立像」です。いずれもかなり厚肉に彫られていて、彫られたのは、1262年(弘長2年)、鎌倉時代の中頃の作です。
 愛宕灯籠(あたごとうろう)

  「藪の中三尊像」を拝んで、また、舗装道路を歩き二股で右へ曲がって、直ぐの三叉路の所に写真の様な「愛宕灯籠」が建っています。通常は、火の神さんを祀る各地の愛宕山へ登る参道に、こうした形の灯籠が沢山建ち、そこへ燈明を供えるのが習わしですけど、ここに建っている灯籠は、近くに愛宕山もないので、ただ単に火の用心を願う当尾の里の村人が夜の街灯として燈明を灯すために建てたものと思われます。なお舗装道をそのまま右(北)へ向かうと「岩船寺」ですが、ちょっと遠回りでも有り、殆ど石仏も無いので、ここから右へ「石仏コース」の道を進んで、清らかな小川の流れに沿って民家の中をのんびりと歩きます。
 春日神社の石段

 民家が途切れコンクリートの細い道を左へ曲がって山の方へ上がって行くと、左に「春日神社」の石段が見えます。手前の小川に渡された橋は、1枚の大岩でさすが石仏の里の橋です。40段程の石段を上がった右奥に朱色の鮮やかな社が2つ並んで建ついますが、石段前で立入禁止なので入ってはいけません。なお、ここの境内は、その昔に「随願寺(ずいがんじ)」と言うお寺が建ってた「東小田原寺跡」ですが、これに対し、現在の「浄瑠璃寺」を西小田原寺と言います。また、この辺りを現在でも「加茂町東小」と呼んで、「浄瑠璃寺」の辺りを「加茂町西小」と呼んでいるのは、東と西に建てられていた両小田原寺の名残です。
 唐臼(からす)の壺二尊

 現在の「春日神社」、「東小田原寺跡」を後にして、コンクリート道を更に進むと、ここら辺りから民家も見えなくなり、いよいよ山道に掛かり、ちょっと急な坂道をしばらく登ると、少し開けた谷間の所で、右に「唐臼の壺二尊」が在ります。岩に窪みを付け厚肉に彫り、舟形光背を持つ定印の「阿弥陀如来坐像」で、向かって右横には灯籠が線彫され、火袋を彫り込んで燈明が灯せる様になっています。なお、左側の面にも「地蔵菩薩立像」が岩を剔る様にして彫られてます。共に南北朝時代の1343年(康永2年)3月15日と24日に彫られ、1つの四角い石に阿弥陀と地蔵を祀る双仏像は、これより後に多数造顕されています。




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